『GAME ANIM:ゲーム開発に必要なアニメーションの知識』(Game Anim: Video Game Animation Explained)Jonathan Cooper著を読み終えたのでレビューを書きます。
本の帯に「映画やTVとどう違うのか?」と書かれているようにゲームアニメーションに特化した内容になっています。著者は『アサシンクリード』、『マスエフェクト』、『アンチャーテッド』、『The Last of Us』といった世界的に有名なシリーズに関わられた方で今も現場で奮闘されているゲームアニメーションの大家です。
そんな著者のゲームアニメーション(だけでなくゲームの制作)経験の集大成です。したがって、ゲーム業界をめざしている方だけでなく、今ゲーム開発をしている現場の人こそ読むべき(あとでその部分について詳しく書いています)本です。
本家の英語版の評判が良かったようで、本家のほうは第二弾も出版されています。日本語版のほうも第二弾が出版されることを願っています。
ゲーム業界志望者(初心者)が読むべきところ
ゲーム業界志望者が読むべきところは実は全てなのですが、まずはChapter1と2でゲームアニメーターの仕事とゲーム開発について知りましょう。ここではゲーム開発においてアニメーターはどのような役割を担っているのか、また、アニメーターの中の役職についても知ることができます。
テクニカルアニメーターという職種も説明されているので、スクリプトでリグやツール制作をやりたい人にはゲームアニメーションではどのようなツールを求められるかが書かれています。この本にかかれている必要とされるツールを作れれば大きなアドバンテージになります。また、大きなスタジオではツールやリグを作ってくれる専門の方がいますが、小規模なところでは自分で対応しなければならないので、ある程度はリグの知識もあったほうが良いでしょう。また、他の職種の人とのコミュニケーションを取る上でもリグの知識はあるに越したことはありません。私のブログではリグのことも扱っているのでよろしかったら御覧ください。
そして、なんといってもゲームアニメーションにおける技術的なことをこの本からいろいろと学ぶことができます。特にインゲームアニメーションについて書かれている本はあまりないと思うのでとても勉強になるはずです。また、ゲームアニメーションのワークフローについては映像のアニメーションのワークフローとは違う部分を知ることができます。たとえばインゲームアニメーションではポーズトゥポーズでラフにブロッキングをすることを推奨しています。これはゲームアニメーションでは開始ポーズと終了ポーズが決まっていることや、ポーズとタイミングの修正や微調整が頻繁にあるためです。私はブログでレイヤードアプローチの記事を書いたのですが、インゲームアニメーションにおいてはあまり参考にしないほうが良いでしょう(アニメーションカーブをオフセットするなどの使えるテクニックもありますが)。
ゲームアニメーションの本というと、インゲームのアニメーションのことだと思うかもしれませんが、この本ではシネマティック、モーションキャプチャについても解説してあります。基本的にシネマティックは映画の手法で作られているので映画のことを学べば良い(映画的な説明ももちろんあります。)のですが、ゲームのシネマティック特有の考慮すべき点も書いてあります。そしてモーションキャプチャについて書かれた本はほぼ見たことがないのでとても貴重です。キャプチャデータの扱い方だけでなく、アクターへの指示やスタジオのステージングについても書かれています。
Chapter3では『The illusion of Life 生命を吹き込む魔法』で有名なアニメーションの12原則をゲームアニメーションの視点から再解釈されています。
Chapter4のゲームアニメーションの5原則やChapter9のプロジェクト:ゲームプレイ アニメーションの3つのCなど。他のChapterも読みどころ満載です。
また、アニメーションそのものを学びたい人は『アニメーターズ・サバイバルキット』が圧倒的におすすめです。
まだ読んだことがない人は必ず読んでおきましょう。
それだけ必読の書です。
どちらが良いか悩ましいところの指針
ゲームアニメーションの作業において、どちらのやりかたの方が良いか悩むシチュエーションがあります。そういった場合にまずはこの著者が示した方法を採用すると上手くいく可能性は高くなるでしょう。書いてあった例を2つほど紹介します。
走行(歩行)サイクルは必ず2歩でなければいけません
4歩、6歩、8歩にすると個性は強調されるが、維持や調整に手間がかかります。うまく処理できずにサイクル内に目立ちすぎる要素があると、プレイヤーは反復的なリズムに気づいてしまいます。
カメラシェイク(手ブレ)は回転を利用する
カメラシェイクは(揺れの激しいもの以外)は回転を使ってアニメーションするよほうが良いです。
追従カメラを揺らすときはカメラを回転すると視野全体が動きますが、移動するとビューの近く(前景)のオブジェクトしか影響を受けません。移動のほうが3D酔いを引き起こしやすいです。
カメラシェイクによるカメラ照準への悪影響を避けるときは、ピッチやヨーよりも、画面中央の照準点に影響しないロールを利用しましょう。
プリンス・オブ・ペルシャ
ゲームアニメーションの話(特に海外の人の場合)は必ずと言ってよいほどプリンス・オブ・ペルシャ(Prince of Persia)が例に出てきます。私も当時パソコンショップのデモを観た(少し触ってみました)ときにあまりにもなめらかな動きに衝撃を受けたことを未だに覚えています。PC98は確かファミコンのようになめらかなスクロールができなかったパソコン(何十万もするのに…)です。そういうこともあって衝撃は大きかったです。
それでは同じ1990年のアクションゲームにはどのようなものがあったのか見てみましょう。
おそらく最も有名なものは「スーパーマリオワールド」でしょう。
この「スーパーマリオワールド」は中割り(インビトゥイーン)が少ない(ない?)レスポンスが非常にすぐれたゲームアニメーションです。
もちろんどちらが優れていてどちらが劣っているという話ではありません。
これからのゲームアニメーションは「プリンス・オブ・ペルシャ」のように予備動作やフォロースルーがしっかりしていながら、ゲームとしてのレスポンスも失われないようなより高次元のものが求められるようになりました。
ゲーム業界経験者(中上級者)が読むべきところ
ある程度の経験がある方ならばこの本を読んで技術的な内容について初めて知ったということはほとんどないかもしれません(私の場合はそうでした)。しかし、だからといってこの本が経験者にとって読む価値がない本だと決めつけてはいけません。ゲーム業界志望者が読んで実感できない部分こそ経験者が読んでためになる部分なのです。
Chapter12 チームマネジメント
この章のためだけにこの本を買っても良いと私は思います。
この章のすべてをここにコピペしたいところですが、営業妨害になるので項目だけ羅列しておきます。
スケジューリング
- 品質の優先順位付け
- ディリスキング(リスク軽減)
- カットの変更の予測
- 適応型スケジューリング
- 対立と依存関係
- マイルストーン
チームワーク
- コラボレーション
- リーダーシップ
- メンターシップ
- 採用
- アニメーション批評
- アウトソーシング
リーダーシップについてはすこし引用させていただきます。
若いアニメーターの中には(少なくともその立場から見れば)、ゲーム全体の作業が少なくて済むリードのほうが楽だと勘違いしている人もいます。さらに悪いことに、ゲームアニメーションをディテールまで作り込む「ボス」になるためにリードを目指す人もいますが、これは事実とかけ離れています。有能なリードはチームに従属的な役割を引き受け、最高のアニメーションを制作するためのサポートを受けられるように全力を尽くします。
チームで最高のアニメーターがリードなら、その才能は無駄になるでしょう。効果的なチーム構成は、アニメーションの才能・技術的なノウハウ・経験・若い熱意でバランスが取られています。優れたリードは、ゲームアニメーション制作のあらゆる側面について一般的な知識を持ち、「個々のアセットがよく見えるかを問うこと」よりも、「より高いレベルからプロジェクトを俯瞰して見ること」を優先します。こうして文脈すべてを確認しているのです。
Game Anim:ゲーム開発に必要なアニメーションの知識(Chapter12)より
そしてリードとして必要な能力を以下のようにあげています。
- 方向性を明確に伝え、フィードバックする能力
- 問題が起こる前に認識し、それを回避・解決する能力
- 疑問に答える。重要なのは、答えの出し方を知っていること
- チームメンバーの課題に共感し、話を聞こうとする姿勢
- 模範を示してチームを鼓舞し、やる気を起こさせる能力
プロジェクトの終盤(時間的制約の下で)のリードの役割は、迫りくる作業量からチームを守ることです。たとえば、新しいアニメーションリクエストが過密スケジュールに追加されてしまうなど。どのようなリーダー職にも言えることですが、ハイレベルな(混沌とした)意思決定とチームメンバーの日常業務の間に「バッファー」(ゆとり)を持たせるべきです。理想的なアニメーションスケジュールでは、遅れて追加されるケースも考慮しますが、これはチームに秘密にするより共有するほうがよいでしょう。
そのような状況では、プロジェクト終了までに予定されていたポリッシュ(洗練)の時間が減っていくため、新しい追加作業に反対したくなることもあるでしょう。しかし、チームを率いて最高のゲームを作ることがリードの主な役割です。追加リクエストがあるときは、アニメーターに決定権を委ね、その作業を引き受けるかどうかを相談することをお勧めします。
リードは、「私の」チームと呼ばないように注意しなければなりません。それはあなたのチームではなく、あなたが奉仕するチームです。「私の」チームだと、保護者の感覚を所有者の感覚と誤解してしまいます。実際には、チームが失敗したときはリードが責任を負い、チームが成功したときはチームの成果になるべきです。
Game Anim:ゲーム開発に必要なアニメーションの知識(Chapter12)より
他にも引用したい箇所は多々ありますが、ゲーム開発において広く共有されるべき部分だと思い、とりあえず上のような部分を引用させていただきました。
願わくばこの引用箇所から興味をもってできるだけ多くの人がこの本を手にとることを願っています。この本が多くの人の手に渡ればゲーム開発環境が今よりもずっと良くなると信じています。
良い点、悪い点
- ゲームアニメーションについて包括的に学べる。
- ゲーム開発についても学ぶことができる。
- ゲーム開発におけるチームマネジメントについても書かれています。これらはなかなか他の本では扱っていないものでとても参考になります。
- ある程度の経験者にとっては、技術的にこの本を読んで初めて知ったという内容はほとんどないです。
良い点
ゲームアニメーションについて包括的に学べる決定版です。また、ゲーム制作についても学べるのでアニメーター以外の人が読んでも勉強になります。CGアニメーターでもゲームの制作はしたことがないという人にもおすすめです。ゲーム開発の難しさや面倒臭さがよくわかります。
私のオススメはChapter12のチームマネジメントです。この章はゲーム開発者すべてが読むべき内容です。この内容が広く共有され共感されればチームワークは必ずよくなります。特にディレクターやリードといったマネジメントに関わる立場の人は必読です。また、マネジメントされる側は、この本を読んでディレクターやリードといった役割を果たしているかをチェックすることができます。
開発室に一冊買って置いておいても、おそらく殆どの人はわざわざ手にとって読まないと思います。開発Wikiに上げる(これでも読まないかな?)とかプリントして配布する(それでも何人が読むだろうか…)などこの内容をなんとかして広めなければなりません。この本を読んで感銘を受けた人はぜひともゲーム開発環境を良くするために実際に行動していただけると大変ありがたいです。せめて上に引用した部分だけでも広く知られれば変わるはずです。
悪い点
悪い点はないです。
しかし、あえて言えば、ある程度の経験を持った人の場合にはゲームアニメーションの技術的な解説について、「この本を読んで初めて知った」ということはほとんどないことです。そういった意味では本の値段に関してお得感は感じないかもしれません。しかし、今までやってきたことの復習としてあらためてこの本を読むことは時間の無駄ではありません。そして何よりも大事な良い点のために買って損はありません。
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